猛暑の8月も終わりの頃になると、冷たいものや水分のとりすぎから、胃腸が弱り、食欲もなくなり夏ばてがピークになります。そうした時、疲れた胃腸の熱を冷まし食欲増進を助ける秋なすが食卓をにぎわすようになりますが、この秋なすについて、古くから「秋なすは嫁に食わすな」と言う諺があります。一般にこの諺は、姑の嫁いびりと解釈されていますが、江戸時代中頃に活躍した故実家伊勢貞丈(1717−1784)は、彼の著作『安斎随筆』の中で「秋なすび嫁に食わせぬ歌―秋なすびわささのかすにつけまぜて嫁にはくれじたなにおくともーこの歌は『夫木集』にあるが、私が案じるに、茄子の性は寒利であるので、多食すれば必ず腹痛下痢を起こし、女子はよく子宮を傷つけるので、なすの食べすぎを戒めた歌である」との説を出し、以後、この諺は、姑の嫁いびりか、それとも姑が嫁の体を気遣っているのか、論争が起きました。しかし当時一般には、伊勢貞丈とほぼ同時代の浮世草子『世間姑気質』に「私これまで只嫁をにくみ、あの人の好きやる秋なすびたとへの通り嫁に食わせとむなう存じます」と書かれているように、姑の嫁いびりと解釈されていたようです。では実際になすの体に及ぼす影響はどうかというと、冷え性で胃腸が弱く、下痢症の人がなすを生で食べると下痢することはありますが、子宮を傷つけることはありませんし、漬物や火を通したもので下痢をおこすことはありません。効用としては食欲増進、口内炎、痔出血、外用すれば皮膚の潰瘍、いぼ取り、乳腺炎、捻挫などに効果があります。ところで、実際のこの歌の意味について、伊勢貞丈は誤解しているようです。まずこの歌は『夫木集』すなわち『夫木和歌抄』(藤原長清撰・1310)にはなく、この歌は江戸初期の仮名草子『似我蜂物語』中にあり、わささのかすとは新酒の粕のことで、たなは棚、問題の嫁とは「嫁が君」すなわち鼠を意味していたようです。すなわち時間の推移によって、鼠が人の嫁に変わってしまってできた諺でした。
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